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第四章 隠された真実 第13話 08.12.03
 
家の人たちが皆眠りについたと確信したフロックスはゆっくりとベッドから起き上がり、
窓から部屋を抜け出た。

ハーフリングの村に来て、自分を発明家と紹介したディンの家に泊まることになって以来、
彼の日常はだるく感じられるくらい安らかだった。
時間が経つほど、自分が神ではなくロハン大陸の民に近づいて行くような気がした。
神としての力を失い全ての事を自ら解決しなければならなかったことで
もはやそれに慣れてしまい、元の力が戻ったとしてもその力を利用しなくなるような気がした。

そうやって何日間を過ごしたフロックスは、ある日、全身で覚えている
馴染みのある気配を感じた。
それは昔消えてしまった父親である主神オンの力だった。
以前とは比べられないほど弱く幽かではあったが、主神オンの物に間違いない。
しかも一つではなかった。
最初は一つの力が暴走するのかと思えば、すぐに治まり、その後二つの力がぶつかり合う。
一瞬止まったと思ったら二つの力が街に向ってくる。

フロックスはその二つの力に精神を集中した。
その力の持ち主はロハであり、自分を殺すために送り込んだモンスターである可能性もあった。
主神の消滅を誰よりも早く感じたロハなら、主神オンの力が篭った欠片を
どこかに隠しておき、それを利用してモンスターを作り出すのは簡単なはずだ。
しかし二つの力が街に入った後も、街内は静かだった。
モンスターでなければ、一体どんなものが主神の力を持っているのだろう。
フロックスは夜遅くリオナが戻って話してくれた、街で泊まることになったと言う
ヒューマンの聖騎士と貴族だと思われるダークエルフに関しての話から、
その力の持ち主たちに関して知ることが出来た。

「グスタフ爺さんの話では、気絶したハーフリングのおばさん
−お連れさんの話によるとタスカーだって−は、ゆっくり休んだら大丈夫だけど、
ダークエルフは危ないんだって」

「グスタフならそのダークエルフも大丈夫だ。
アイツ、腕は確かだからな」

リオナの話を聞いたディンは噛んでいたパイプに火をつける。

「その二人以外は大丈夫だったのか?」

「ヒューマンの聖騎士は疲れてはいるようだけど、大丈夫そうだったわ。
なんか戦いがあったようだけど、カエールのお陰ですぐ終わったみたいよ」

「ふむ…」

ディンの口から白い煙が流れ出て空中に散る。

「ではその人たちはどこで泊まることにしたのか?」

フロックスは何気ない風を装ってリオナに聞いた。

「タスカーおばさんとダークエルフさんはグスタフ爺さんちの2階の別々の部屋で介護されていて、
ヒューマンの聖騎士さんはビッキーおばさんの宿で泊まることにしたって」

だとしたら時間が経つほど段々弱まっている力がダークエルフのもので、
ずっと均等な力を発散しているのはヒューマンだな。
フロックスはこっそりと呟く。

どうして自分が作った創造物が主神オンの力を持っているのか信じがたかったが、
目の前で屍のように横になっているフロイオンを見たフロックスは
自分が思っていたものが本当に実在していることを認めるしかなかった。
フロックスは手を伸ばし、フロイオンの額に乗せた。
フロイオンの体の中に父親であるオンの力が微かに流れている。
フロイオンを見るまではフロックスは自分が主神オンの力を感じたのは、
ただ彼らが持っている剣やスタッフに主神オンの欠片が埋め込まれているからだろうと思った。
フロイオンのベッドの隣に立てられているスタッフにはただ一つ宝石が埋め込まれていたが、
それは普通のエメラルドだった。

フロックスはフロイオンの額に乗せた手をゆっくりと心臓のほうへ移す。
リオナから聞いた話どおりフロイオンの状態は深刻だった。
魔力が全然残っていない。それにも関わらず永遠の眠りについたわけでもない。
一般的には魔力が尽きると永遠の眠りにつくが、フロイオンはただ体力が落ちて
深い眠りについているだけだった。
だが精神的なショックを受け、自分の力で立ち上がろうとする意志をなくしたので、
普通の人からは全快の望みが無いように見える状態だった。

自分が作った種族への愛情などもっていなかったフロックスではあったが、
ふとフロイオンを治してあげようかと思った。
主神オンの力を持っているこの生命体が、
今後どういう人生を歩んでいくかはわからなかったが、
なぜかこのダークエルフの人生はただ単に終わるのではなく、
なにかもっと大きいものが彼の前で待っているような気がした。
そしてその中に自分も含まれているのではないかと思った。

「俺がお前を治したと分かったら、きっとロハは俺を殺そうとするだろうな。
だが、お前と俺が会ったのは、お父様の意志のようだ」

フロックスはフロイオンに囁くように言いながら、フロイオンの胸に手を乗せ、
自分の魔力を少しずつ流した。
乾いた木に水を与えるように、フロックスの手から流れ出た魔力は
フロイオンの心臓から体に広まる。

フロックスは自分の魔力を受け取ったフロイオンがすぐ治ると思ったが、
予想もできなかったことが起きた。
なぜか少しずつ流した魔力ではフロイオンの魔力はちっとも満たさなかった。
フロックスはもっと魔力を送り出した。だがやはりフロイオンの魔力は底をついたままだった。
ようやくフロックスはフロイオンの魔力が普通のダークエルフとは違って、
無限に近いことが分かった。
それは多分主神オンの力が与えた影響であろう…
フロックスは苦笑しながら、まるで同じ神に魔力を分けるように、
フロイオンに自分の魔力を注入した。
普通のダークエルフならば、度を過ぎた魔力で狂ってしまうが、
フロイオンの魔力はやっと少しずつ回復してゆく。

「主神と我らの差がこれほどだったとは…」

フロックスは再び父親であるオンの力と自分の力の差を実感した。
その時、主神オンの力が自分に近づくことを感じた。
ヒューマンの聖騎士が持っている主神オンの力は、聖騎士が眠りについたせいか動いていない。
自分に近づくのはそれとは別のものだった。
殺気が篭った、今まで感じた主神オンの力の中ではもっとも強いものだったが
純粋なものではない。
闇の歪んだ力で増幅されている状態だった。

フロックスはフロイオンに魔力を分けてあげることを止め、
魔法を使って急いで影の中に身を隠した。
キーッという音と共に扉が開けられたが、そこから何も入って来ない。
フロックスが呪文を呟くと微かに女の姿が見えてきた。
両手でカタールを握り、フロイオンに向けて歩いてくるその女は、ライだった。

フロックスはライがフロイオンを殺すために来たのを一目で悟った。
彼はライからフロイオンを守るべきかどうか戸惑った。
今自分の姿を見せてしまったら、大騒ぎになって、もうここに泊まることはできなくなる。
いつの間にかライのカタールはフロイオンの心臓に飛び込もうとしていた。
もう悩む暇などない。

「止めろ!」

フロックスの叫びにライのカタールが空中で止まり、直ちにフロックスに向けられた。

「何者?」

フロックスは窓から照らされる月明かりの中へゆっくりと足を踏み出す。

「仕方ない」

ライの目に映るフロックスは普通のハーフリングの若者のようだった。
不必要な殺人はしたくなかったが、今は仕方ない。
最後のチャンスまで逃してしまったら、今まで準備してきた復讐は水泡に帰する。
ライはまずフロックスから殺してからフロイオンを始末することにした。
彼女は全ての力をカタールに乗せて大きく振り回した。
フロックスは後ろに避けながらフロイオンのスタッフを握った。
ライのカタールが再びフロイオンを襲い、フロイオンのスタッフとぶつかり、轟音を発した。

フロイオンのスタッフでなんとかライのカタールを防いだフロックスは
今自分が最悪の状況に置かれていることに気づいた。
自分の魔力をフロイオンに分け与えたため、弱まっていた自分の力がさらに弱くなっているが、
相手の女は歪んだ魔法の力で強くなっている。
下手をすると神である自分が下位創造物に命を奪われるかも知れない状態だった。
またライのカタールが月光に光りながらフロックスに襲い掛かる。
フロックスはスタッフでライの攻撃を防ぐことがやっとで、魔法を使う暇もなかった。
ライの絶えない攻撃でフロックスは徐々に部屋の隅に追い込まれる。

「ガチャーン!」

物が壊れる音がして、フロイオンのスタッフが真二つに折れた。
フロックスが慌てた隙を逃さず、ライはフロックスの肩にカタールを刺す。

「うああっ!」

フロックスは肩に刺されるカタールの刃を感じながら悲鳴を上げた。
ロハの剣に刺されてまだ治ってない傷口にまた攻撃を受けたからである。
フロックスの右肩にカタールを突き刺したライはもう一つのカタールをフロックスの首に向けた。
しかしライの手に伝わってきたのは人の肌を貫通した時のものではなかった。
フロックスのクビとライのカタールの間に厚い本が投げ出されてきて、
ライのカタールはその本に刺されている状態だった。

「いったい何なの?!」

ライは本を投げて自分に叫んでいるのが
昼間に会ったハーフリングの女であることが分かった。
タスカーまで現れた以上、皆を始末してからフロイオンを殺すことは不可能だった。
残された道は一つしかない。フロイオンだけでも殺して逃げ出すことだった。
ライはフロックスの方に刺されていたカタールを引き抜きそのままフロイオンに襲い掛かった。

しかしフロイオンの心臓にカタールが刺されようとしたその瞬間、
ライは自分の体から力が全部抜け出すのを感じながらそのまま床に倒れた。
ジャドールの魔法が解けたのである。
第14話もお楽しみに!
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